新居日誌(2):物珍しきこと

家から駅の間が昔ながらの地域、それもかっては田畑であったらしい処とあって、それなりに細く微妙に曲がった道路を歩くのは生まれ育った金沢の下町を思い出させるものがある。キョロキョロしながら物珍しげに歩いていくと駅に着く。イオンや多店舗の入ったショッピングビルを眺めながら帰途の買い物も今のところは面白い。どこにどんなお店があるのか興味津々といったところだ。大きなスーパーやホームセンターもあちこちに点在していて、それを順番に体験して回っている。幸い、住居の整備のためにチョットした小物が次々に必要になってそれを買う必要があるのが結構楽しい。食べ物屋もまた然りで、帰り道に気になるお店に入って試食したりしてみることもポツポツやってみている。
驚いたのは朝6時きっかりに近くのお寺の鐘が鳴ることだ。毎日きっかり鐘を6つ打つ。知人に聞いてみるとそれはどうやら自動で鐘を突く仕掛けを利用しているらしいよ、と教えてくれた。一度是非訪ねてみたいと思う。
マンションが暖かいとは聞いていたが連日早朝の室温は13~14度、北向きの部屋でも10度そこそこでこれまでの八王子の1軒やが冬になると5度前後まで冷えるのとはウンと違う快適さだ。これまで手放せなかった冬の湯たんぽとも無縁になった。マンションの5階という高さの物珍しさもある。先日のスーパームーンも実によく見ることができた。

どこに出掛けるにしてもどういうルートが良いのかと一々、GoogleMapで下調べしてルート研究をしてからから出掛けるのでこれまでに比べ何事にも時間がかかるのが難点といえば難点だが、地図を見る楽しさを味合わせてくれると思えばそれもまた楽し、である。今のところは何事につけて物珍しさがまず先にくる。


新居日誌(1):新しいインフラ採用

2018年を新居で迎えました。
12月4日に引っ越してまる4週間が過ぎ、今日は丁度第5週目の月曜日、29日目になるのです。ようやく先週あたりから落ち着いた生活を取り戻しつつ、最後の整理段階に入っています。今日は元日で息子たちが家族全員7名で来てくれました。お嫁さんたちは引越して始めてであり意外と整理が進んでいることに素直に驚いてくれました。孫たちは目新しい住まいに好奇心満々で探検をはじめましたが、何しろコンパクトですから探検はすぐに終わり、恒例のお正月をはじめました。先ずはお墓参り、帰りに予約してあったお寿司で元旦の食事。持ち寄ってくれたおせち料理で正月らしい雰囲気も味わう事ができました。
さて今回は転居で新規に採用した新しいインフラを紹介しましょう。
(1)インターネット環境
インターネットへのアクセスは転居に当たっての最重要課題でした。切れ目なくネット環境を使えること、即ち、八王子の光回線を合理的に11月末で契約を打ち切り、12月1日から新しい契約をスタートさせることでした。そのために選んだのはWiMAX(無線)でした。幸い、新居は駅から近いため無線の電波が強力であることが予測できたので屋内の配線の引き回しなど煩わしい事が無視できる無線の採用が可能と判断できたからでした。これは想像以上に受信レベルが高く、どの部屋でも受信ルーターの向きさえアンテナの位置を意識して調整すれば最高レベルでした。これに至るまでには日頃からNPOで講座を開く度に利用してきたWiMAXでの経験値が大いに役に立ちました。WiMAXはプロバイダーを別に契約することもなく、ルーターを受け取ったその日からインターネットが使えるというのが特長です。結果として費用の節約にもなりました。また、ルーターはポケットに入る小型のものを選んだので、外出時にこのルーターを持ち出せばどこででもインターネットの利用ができるのです。ただ、WiMAX電波の網羅している範囲は都市部に限定されているという問題はあります。因みにこれまで住んでいた住宅団地で駅近辺にも賑やかな商業施設もない環境でしたからWiMAXの電波は全く飛んできてはいませんでした。やろうと思ってもできないことでした。街中に近いところに住んで初めて選べる選択肢と言えるでしょう。
(2)新電力
電気を思い切って東電から新電力に切り替えました。既存の東電という巨大会社から自然エネルギーなど新しい電力供給のあり方を模索している会社へのささやかなエールでもあります。インフラは何も変わらず東電の電力を使っているのですが、契約を切り替えるだけで新電力に切り替わるというのは理屈の上ではわかるのですが現実面では不思議な感じは拭えません。切り替えの電話連絡を受けてくれる東電の担当窓口もそれは感じの良い応対で、これだけは逆に意外性を感じビックリしました。何か差別はないのだろうか?と考えたが差別のしようがない、というのが実情だろう。おまけにkwh当りの料金は東電単価より安く設定されている。

この2つのことで節約できる固定費は微々たるものかもしれませんが年金生活者としては、出来る限りのささやかな自己防衛策でもある訳で、結果を楽しみにしている処です。
これらの準備も引越しで家財の整理をしながらインターネットと電話で進めました。ガスは同じ東京ガスなので問題なかったのですが、水道は神奈川県水道企業局に切り替えるのですがこれはネットではできず電話での申し込みとなりなんだかIT化が遅れているような印象を受けました。やはり自治体としての東京都の底力というようなものを感じました。こういうものは他の面でもおいおい感じることなのかもしれません。


転居日誌(11):惜別の日々

転居を決めてから一つ気がかりなことが雲のように湧き出てきた。如何に地域と遊離した生活を送ってきたとはいえ、それでも色んな人達とのお付き合いがあるもので、今回のことを気持ちよくお伝えするのにどうしたらよいかと俄然、気が重くなった。
季節の変わり目には山梨の実家で収穫された果実を届けてくれたYさん、書道の大先生で家族ぐるみ教えて頂いたK先生、お隣のSさん、テニスクラブのMさん。テニスクラブではよく顔を合わせる人たちへの伝達は簡単だったが隣近所が案外難儀だった。日ごろ顔を合わせれば「やあやあ、こんにちは、・・・」と話は続くのですが顔を合わせるということが滅多にないので、わざわざ電話をすると何事かと、相手も改まった感じになるので、つられてこちらも改まってしまう。話がつながらない。真っ先にはやはりお隣にお話した。「偶には、お茶しませんか?」とコーヒーとお菓子でよもやま話の末にようやく話を切り出して相手をびっくり仰天させてしまい、恐縮してしまった。お隣さんは2年前にご主人を亡くされて目下一人住まい、何かと助け合いの関係ができつつあったのでショックは大きかったようだった。Yさんはご夫婦ともに小学校の先生をされていてその上、ご主人は童話作家、小学生の作文コンクールでは審査員を務め、ご自分の童話も課題図書に選ばれたこともある有名人、奥様はお茶のお師匠さんで家内を通して大変懇意にして頂いていた。郵便局に用足しに行く途中、偶然にご主人に行き会い、用件を済ませた後お宅に立ち寄ってお話をした。
後日、Yさんご夫妻のアレンジでご近所付き合いのKさんも交えてお茶会を開いて頂き、送別会をしてくれた。テニス仲間のMさんからも恒例のワインパーティで転居を祝ってくれた。転居が決まって割合早い時点でお伝えできたので送別会も気持ちの余裕がある時に開いて頂き気持ちよく参加できたのは幸いなことだった。最後の1週間のことを考えると早くてよかったとつくづく思ったものだった。最後の1週間といえば、息子たちが引越しの前々日と当日に、段ボール詰めの終盤と引越し当日の開梱に付き合ってくれたことは本当に助かった。みんなに祝福され、手伝ってもらい無事転居が実行されたことは幸せなことだった。


転居日誌(10):引越しまで3週間

契約が決まって引越し日が決まり、その間の3週間が引越し準備期間ということだ。3週間でそんなことができるのか?できるのかではなくてやるしかないのである。
先ずは引越し屋さんの選定だ。引越し屋さんの選定も相見積もりしてもらえるウエブサイトがちゃんとあって、そこに必要事項を入力して送信すれば、何社にでも同時にメールが届く。これを利用すると翌日には2社から営業担当者が現れて見積もりを置いていく。引越し日程は既に決まっているのでその日にやっていただけない所は自動的にダメということになる。付帯サービスの説明も受けてこちらから決めた業者に連絡して決めた。
さて、次に不用品を捨てなければとゴミ袋を買ってきてせっせと詰め込んでみたがこれではダメだとすぐに気がついた。量が半端ではない。そもそも不用品の方が圧倒的に多いのだ。アプローチは「持っていくものを決める」ことなのだ。それ以外は不用品で、リサイクルできるものと捨てるものだということなのだ。そしてこれまたそういうことを扱う会社がまたゴマンとあるのだ。ネットで調べるとあるはあるは・・・ありすぎてどこに決めたらよいか全く分からない。結局また、不動産屋さんに電話して業者さんの紹介をお願いした。これも相見積もりを取ったほうが良いと息子たちが言うのでやってみたが、見積もり方法がまちまちで比較しづらい。結局、不動産屋さんを信用してその会社に頼んだ。これは正解だった。極めて良心的な見積もりで、最初に捨てたいもの、不要なものをリスト化してくれその処理費用を積算して見積もりをする。すごく高い見積もりが出てきて仰天した。しかし最終的に自助努力で処分を依頼するものを減らせればその分差し引きますよ、ということだった。どこまで努力するとどこまで下がるか一目瞭然になって俄然片付けがスピードアップした。ゴミ袋でせっせとゴミ出しをし、また粗大ごみでも車で運べるものは市の最終処理場に直接持ち込みを何回か繰り返して最終的には相当安く最後の処分と掃除を終えることができた。引越し業者さんからきた大量の段ボール箱に必要なものを梱包しながらの3週間の家具、持ち物との格闘のお話でした。


転居日誌(9):売れてしまった

思い出してほしい。S不動産の営業マンMさんとは既に2年半に及ぶやり取りがあったことは前にも触れた通りだ。さり気ない「サ高住の方の進展はありましたか?」「変わりはないですか?」などの会話から色んな情報を感じ取っていたのではないだろうか?こちらも「一体この家はどのくらいの値段なら売れるのだろうか?」という疑問をいつも持っていたのでその辺りの情報を欲しがっていた。だから、今回の場合でも売買のギャップが左程ではないことを暗に教えてくれ、後押しをしてくれた。それがなかったらこれほどスムースには行かなかっただろうと思う。そして11月13日には売買契約を取り交わしてしまったのだ。話が始まってから約20日だった。そして新居への入居は12月1日以降。八王子の家の明け渡しは12月7日と決まった。八王子の家は新年までには取り壊したいという。なぜそんなに明け渡しを急ぐのかと問うと新年を跨ぐと新たに家屋への固定資産税が発生し、お金の面、手続きの面で面倒というのだった。成る程、大した額ではないだろうが・・・一々口を挟むことでもないような気がしてそれに合わせた転居計画を立てることにした。最初に決めたことは引越し日を4日にし、5,6の2日間で家をキレイにして7日に引き渡すというものだった。息子たちの手伝い休暇の日程を主体にして決めた。息子たちの協力がなかったら家財の整理はとても間に合わなかったのではないだろうか?一軒屋というものが如何に多くの収納場所を持っているものなのか、ひと言で「断捨離」というけれど、本当に断捨離というのが大事業だということが今回、身にしみた。色んな人の協力を貰ったことを記憶しておきたい。残していく庭木や草花の幾つかを引き取ってくれた息子や友人たちのことも記憶に留めておきたい。入居したのが昭和51年(1976年)だから41年間住み慣れた家だった。通い慣れた道、町並み、顔なじみの近隣の人達、四季折々の自然の変化、鶯の鳴き始めを毎年聞き取る春を待つ感覚・・・最後の1週間、スケジュールに追われながらのチョットした隙間に寂しさの感覚が忍び込んでくる。それは息子たちにも同じだったようだ。息子達にとっては物心がついた時からの家、ふるさとの家だから感覚的には自分よりも、より感傷的に感じる面もあったようだ。時間はどんどん過ぎて行き、大きな紙に書いた引越しカレンダーが1行1行消し込まれていった。


転居日誌(8):マンションの下見から有力候補の絞り込み

何と翌日には30近い物件の情報を持って来てくれました。しかし、こちらもネットで十分研究していたこと、30数件の物件の中にそれらの物件が多数含まれていたこと、駅からの距離が10分以上のものを省き、3LDKなど60㎡以上のものを省くと残ったのは8件ほどだった。そこから間取り、ロケーションを考えて絞り込むと4件ほどになってしまった。これを下見したいというと、すぐに電話で手配をしてくれて翌日にはその4件をぐるっと見て回ると、好感のもてるものは2件だった。そして結局はそのうちの1件に決めたのだからそのスピードには自分も呆れるほどだった。偶々、その下見の夜は新宿で2人の息子たちと飲み会を計画していたので、早速状況を話した。これまで2年以上何の進展もなかったので急な話には相当ビックリしていた様子だったが、八王子の家、土地を生かした彼らの将来設計というのは殆んど考えられないということは疑いようもないものだったので、結局は「お父さんが良いと思うなら良いのでは・・?」という以外の意見は出ず仕舞いで終った。
問題はここからである。今住んでいる家を売却しなければこの話は前には進まないのだ。


転居日誌(7):世論調査

色んなマンションの売り物件、それはそれは沢山ありました。マンションが嫌になったのか、何かの理由で住んでいたマンションから脱出を図る人が多いのか、理由は知る由もありません。でもたくさん物件を見ていると、何となく良さそうかなというのとそうでないのとはあるものです。また、同じ2DKでも気に入った間取りのものそうでない物などがあり好みがあるということがはっきりしてきました。
10月、同窓会の季節でした。久し振りに金沢で大学時代の同窓会があり自分も幹事団の一員でもあり当然、出席しました。金沢は相変わらずの新幹線ブームが続いていて、以前とは打って変わった観光客で駅はごった返していました。それは置いておいて・・・同窓会はよもやま話や2分間スピーチなどあり、2次会も同じ旅館内ですから寛いだ一夜でした。その時に同級生に聞いてみました。実はこういうことを考えているのだがどう思う?帰ってきた答えは殆どが否定的なものばかりでした。「おまえ、何歳になったかよく考えろ!」、「この歳になって環境を変えて碌なことは起きないよ!」、「認知症を発症するぞ!」・・・散々でした。中には既に「サ高住」(それも八王子で)に入居した人もいて、「サ高住」の便利の良さをすごく具体的に説明してくれました。うーん、みんな一理ある。だけど・・・・。家に帰って今度は絵の仲間やテニスの仲間にそれとなく聞いてみた。すると反応が同級生の反応と相当に違う?今付き合っている仲間は若いからなのかな?あながちそうとも言えないが皆活発にアクティブに老後の時間を使っている点が少し違うのではないかと感じた。そんな折も折、件の不動産屋さんから定期便の電話が入ってきた。「最近どうですか?何か動きはありますか?」に対して「実は考えが少し変わってきていましてね。サ高住は止めて普通の中古マンションに移ろうかと思ったりしているんですよ」と答えた。話が急展開し始めた瞬間だった。


転居日誌(6):やっぱり「サ高住」より普通の「マンション」だ!

最初に「サ高住」の見学に行ってから1年半ほどが過ぎたが、やはり音沙汰がない。その後も他の「サ高住」を見学に行ったりしてみたがピンと来るものがない。やっぱり今の住処を直しながら頑張るしかないか?と思い直し始めた時、ある友人から、自分の友人(同級生)がやはり伴侶に先立たれ、戸建てからマンションに移ったという話を聞かされた。そういえば同じような例が自分の知人にもいたぞ、と思い出した。そういう選択肢もあるかもしれない。であれば少なくとも間取りの選択肢はいくらでもあるではないか!健康に不安がない今、無理に先々を考えた「サ高住」に固執することの方に無理があるのだ。自立できなくなったらなったで、その時に最適のことを考えればよいのだ。今を生きるには今望むベストを選択するのが良いのだ、と考えるとすっきりした。1LDKであれ2LDKであれ、探せばいろいろあるぞ。ネットでマンションの不動産情報に目を通し始めたのは今年の夏も終わりのころからだった。日野市、八王子市、相模原市、多摩市と前に条件としていた10km圏内をターゲットにした検索を続けていた。


転居日誌(5):今時、陋屋は売れるか?

怒涛の1か月が過ぎて今、新しい住処でようやく落ち着いてブログの続きを書こうかな?というところまで落ち着きが戻ってきました。一昨日ニトリに行って仕事をする机を買ってきました。今朝からそれを組み立て、パソコン、モニターを整備してマイ・スマートルームが再生したのです。再生というのは、これまでもOA機器や何やらを集中して機能的な部屋を作りスマートルームと名付けた部屋を作っていたからです。これができると落ち着くのです。

さて、転居日誌の続きですね。
先立つ資金の源泉は言わずと知れた八王子の住処(もう売却してしまったので表現が今の住処では具合が悪い)である。一体この築40年を過ぎた家は売れるのだろうか?そういえば最近、近所には取り壊された更地や無人の館が目立つ、その一方では建て替えらしい新築の建設が進んでいるところも目に付く。色んな意味でこの団地の住人の平均年齢が上がり、大きな曲がり角に差し掛かっているようなのだ。兎も角、不動産屋さんに相談してみよう、とインターネットで同時に複数の不動産屋さんへ売りたい相談を出してみました。そういう便利なサイトがあるのです。すると1分もたたない間に数社から電話がかかってきました。恐るべし、インターネット。それから数日は携帯が鳴り響きました。即、訪問したいという会社、電話でおおよその状況を聞いて対応してくれる会社、分厚い実績資料を送ってくる会社、様々です。実際に売りに出すのが1年後か2年後かわからないと知れるにつれ、営業マンからの接触は減っていきました。1年半も経つと大半の会社からは電話もなくなりました。その中で几帳面に電話をしてくる会社が1社だけありました。結局今回の大プロジェクトを遂行するために選んだのもその会社になりました。色んなよもやま話があって、どうやらこちらの状況に合わせた移転先や売り方を段々に考えてくれたように感じられたのです。結局会社というよりも人を選んだということかもしれません。でも結果的には大手の会社ではありました。


転居日誌(4):「サ高住」

Y社が経営ている施設の中でも気に入ったのが豊田にある施設だった。豊田は自分が現役時代に過ごした事業所のあった地域で土地勘がある。息子たちが2人共通った幼稚園の所在地だ、幼児の健全な発育にサッカーが最適だと見抜いた当時の園長先生の情熱に惚れて、八王子から通わせた想い出深い幼稚園のあった処、ここなら息子たちも喜んでくれるだろう・・・と。2015年暮れに早速、予約の申込書を送った。待ち行列の後ろについたのだった。44番目だという。それでは絶望的ではないかというと、「そうかもしれませんが皆さん待ちが長いので、多くの方は色んな事情で辞退されることが多いですから、あまり順番のことは気にしなくて良いと思いますよ」というではないか!まぁ、騙されたと思って申し込んで見ましたが、何しろ空きが出ない、しっかり定着していらっしゃるのです。やはり住環境が良いからなのでしょう。何しろ歩いて3分もしない所にイオンモールがオープンしているのです。同じく3分もしない所にこのあたりでは信頼厚い日野市民病院があります。その他駅前の商店街や銀行が全部揃っています。JR豊田駅まで歩いて6~8分でしょう。しかし、待てど暮らせど空きが出たという情報が一向に来ません。これは無理かもしれない、同じ系列の唐木田駅近くの事業所を見学に行きました。ここは新設で素晴らしい環境でした。ここなら全く問題ない。ちょっと高いかな?悩みは深くなりました。何しろ15年分の家賃を前払いしないと入居できないのです。この資金はどうやって捻出したら良いのでしょうか?結局は今の住処を売却して贖うしか年金生活者には術はありません。それまでして現在の住まいを変えたい本当の理由は何なのか再度確認したくなるのでした。