岸 政彦:「断片的なものの社会学」

社会学というものの領域というか定義は知らない。著者の岸さんの研究スタイルは、ある歴史的な出来事を体験した当事者個人の生活史の語りをひとりずつ聞き取り、その語りを通して歴史の一断面を描き出す、記録するというものだそうで、「同化と他者化」という著書は沖縄の人々の個人的な語りを通じて戦後沖縄史の一断面を描いた、と書いている。生きている時の記憶を頼りに歴史的な大事件が起きる背景や当事者の考えや感じたことを通して描き、記録に残すということだから割と新しい時代の事どもが研究の対象になるのだろう。この人のライフワークは沖縄、ホームレス、摂食障害の当事者、風俗嬢、外国籍のゲイ、ニューハーフといったジャンルらしい。そしてそういう単語からおぼろげに社会学なるものが包含しているものを想像する。
この本はそうした活動を通しての研究論文にはならない部分で抱いた感想のようなものからなるエッセィだったが、逆に改めてアタリマエのことにも気付かされた。
それは人の「人生というものは断片的なものの集まりでしか語れない」ものであり、「誰にも隠されていないが誰の目にも触れない」ものだという点である。イントロで述べているように社会学で取り上げられるのはほんの一握りの集団を社会学の理論的な枠組みで分析したり、あるいは統計データや歴史的な資料を分析したりして「一つの意味・解釈」を導き出すという作業のようだ。世の中というものあるいは歴史というものが無数のあらゆる階層の人々の営みの総和であるとすれば、「分析されざるもの」、「分析されざる人々」の実態をほんのコンマ何%かの事象・分析・解釈で要約して行こうとしている無謀な学問ともいえる。翻って大半の個人は、勿論この自分を含めて、周囲の人間にはおぼろげにもその存在は知られているものの、時間とともに風化していき、やがてその存在すら時間という海の中に消えていく「分析されざるもの」であるという現実にも改めて気付かさせられる。

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